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動いてるつもりで、止まっていた — 作った仕組みは静かに腐るので、毎月AIに掃除と点検をやらせている

AI実践・仕組み化

夜明けの窓辺のワークベンチに、真鍮のオイル缶・畳んだ布・ブラシと小さな金属の機構が並ぶ——作ったものを手入れして生かし続ける道具立て

前に、繰り返す仕事を「スキル」という形で固定した話を書きました。同じ作業を毎回説明し直すのをやめて、一度型にすれば、呼ぶだけで同じ品質が返ってくる。手間から抜けられた、という話です。

今日はその続きです。型にして終わり、じゃなかった、という話を書きます。

先に言っておくと、うちの作業まわりのこまごましたことは、もう僕はほとんど手を動かしていません。仕組みを作るのも、動かすのも、直すのも、全部レナードがやってくれています。僕は、喋って、頼んで、できあがったものを見ている。だいたい、それだけです。

「これ、まだ動いてる?」

そのレナードに任せた仕組みに対して、僕はときどき急に不安になります。「あれ、まだ動いてるのかな」「もしかして、止まってないか」。頼んだときはちゃんと動いていたはずのものが、ふと、いまも本当に効いているのか自信がなくなる。

その不安は、だいたい当たります。

一番こたえたのは、音声入力でした。僕は喋った言葉をそのまま文字にして使っていて、これもレナードがやっています。しかも、よく変換を間違える言葉があると、レナードがそれを勝手に覚えて、次からは正しく直してくれる。僕は辞書に何ひとつ登録していません。放っておいても、使うほど賢くなっていくはずのものでした。

ところが、ある日から、どうも変換がうまくいっていない。おかしいなと思って調べてもらったら、直した内容を書き込む先のファイルが、いつのまにか別の場所に移っていた。レナードは古い場所に律儀に書き続けていて、新しい場所は誰も見ていない。直しても直しても効かない状態が、一ヶ月くらい、黙って続いていたわけです。

これが、地味に一番こわい。エラーが出て止まるなら、まだ気づけます。でも、動いているように見えて、中身が効いていない。表向きは何ごともなく回っているから、誰も気づかない。

作ったものは、黙って腐る

こういうことが続くと、だんだん分かってきます。作った仕組みは、放っておくと、静かに腐ります。

腐る、というのは僕の言い方で、要するに、作ったときのまま動き続けてはくれない、ということです。周りが少しずつ変わって、さっきみたいに参照する場所がずれる。前提が古くなる。作ったのもレナードで、それも、もう次のことをやっていて、見ていない。誰も手を入れないから、少しずつ現実とすれ違って、あるとき「あれ、これ効いてないぞ」となる。

前に、AIに毎回同じ説明をするのをやめて、会社のことや決めたことを一か所に溜めておく、という話を書きました。あれで確かに、渡す手間からは抜けられた。でも、その溜めておく仕組みそのものが、こんどは腐っていく。手間をレナードに預けたら、預けた先がちゃんと生きているか気にする、という新しい面倒が生まれていたわけです。

お店をやっている人なら、少し分かってもらえるかもしれません。一度決めた作業の段取りや、使い回しのテンプレートが、気づくといまの現場と微妙に合わなくなっている。あの感覚に近いです。

毎月、AIに掃除と点検をやらせる

そこで、いまやっているのが、月に一回、レナードに作業場を丸ごと点検させる、というものです。これも、僕がやるわけではありません。レナードに見させています。

きっかけは、たいそうな考えがあったわけじゃなくて、「一ヶ月に一回、作業場の掃除、というか点検をやらせたら面白いんじゃないか」と、ふと思いついたのが始まりでした。決まった観点で、フォルダの中をひととおり見させる。いまは十四くらいの観点があります。

見させているのは、たとえばこういうものです。AIに読ませている決まりごとのファイル——CLAUDE.md や memory といって、中身は会社のことや、やってほしいことです——が、実態とずれていないか。太りすぎたファイルはないか。毎日動くはずの処理が、こっそり止まっていないか。さっきの変換辞書みたいに、書き込む先がずれていないか。あちこちのリンクが切れていないか。放っておくと静かに腐るところを、上から順に見ていく。

面白いのは——というか、情けないんですが——この点検の仕組みそのものを、僕はよく忘れています。「そういえば、月一で作業場を点検させるんだっけ、掃除だっけ、そういうのやることにしてたよね」と、自分が頼んだはずのものを、うろ覚えでレナードに確認している。忘れっぽい自分のために用意した仕組みなのに、その仕組みの存在まで忘れている。我ながら、なかなかのものだと思います。

やってみたら、思っていた腐り方と違った

つい先日、その点検を、いつもより深くやらせてみました。昔つくったまま放置している仕組みを、一度ぜんぶ棚卸ししてみようと思ったんです。

始める前の予想は、こうでした。何のために作ったのか自分でも思い出せない、いらない仕組みが、ゴミみたいにたくさん溜まっているはずだ。だから、それを見つけて片っ端から捨てれば、すっきりするだろう、と。

外れました。

裏で動いている細々した仕組みを四十個くらい洗い出して、一つずつ「これ、いる?」と見ていったんですが、はっきり捨てていいと言えたのは、たった二つでした。ほとんどは、ちゃんと役割があった。ゴミを掃除する話だと思っていたら、そもそもゴミがほとんどなかったんです。

じゃあ、何が腐っていたのか。そっちの方が、僕にはこたえました。

作った仕組みなのに、「作っただけ」で止まっているものが、いくつもあったんです。中身はちゃんと完成している。一度動かして、ちゃんと動くことも確かめてある。なのに、それを毎日ひとりでに動かすための、最後の設定がされていない。作って、動いて、「よし、できた」で、そこで満足して終わっていた。だから、いざ本番では、一度も動いていない。しかも、新しく作ったものほど、その最後の設定が抜けていました。できたての、いちばん満足している時に用意したやつほど、詰めが甘いんです。

象徴的だったのが、毎朝動くはずの小さな仕組みでした。あとで履歴を見せてもらったら、それは過去に三回止まって、二回直されていた。直しても直しても、また黙って止まる。しかもその間ずっと、説明の方には「これは動いています」と書いてあった。記録だけが、嘘をつき続けていたわけです。

一番こたえたのは、目的を思い出せなかったこと

棚卸しをしていて、もう一つ、地味にこたえたことがあります。

古い仕組みを一つずつ見ていくと、「これ、そもそも何のために作ったんだっけ」と、目的が思い出せないものが、いくつもありました。名前と中身は残っている。でも、なぜこれが要ると思ったのか、当時の自分の判断が、もう出てこない。

これは結局、僕の短所なんだと思います。忘れっぽくて、自分で作ったものの目的まで、忘れてしまう。

僕はもともと、忘れっぽいので、会社のことや決めたことみたいな大事なことは、頭に置いておかずに、外に出してレナードに覚えておいてもらっています。これがコンテキストです。おかげで、肝心なことは忘れずに済んできました。

同じことを、自分で作った仕組みにもやればよかったんです。何のために作ったのかも、コンテキストとして一緒に残しておく。でも「なぜ作ったか」は、残しておくものだと思っていませんでした。

そして、残すだけじゃなくて、たまに「それ、今も要るんだっけ」と見直すことも要るんだと思います。考えは少しずつ変わるので、作った頃は大事だと思っていた目的が、今はそれほどでもなくなっていることもある。目的が分からなくなった仕組みも、今の自分に合わなくなった仕組みも、放っておけば、中身が残っていても半分は腐っているのと同じです。

だから点検は、掃除であると同時に、「これ、何のためだったっけ」「これ、今も要るんだっけ」を確かめる作業でもあるんだ、と思うようになりました。

おわりに

忘れっぽいから、レナードに預ける。でも、預けた先の仕組みも、放っておけば腐る。だから、月に一回、掃除と点検をやらせる。書いてみると、あたりまえのことをやっているだけな気もします。

ただ、作るのが好きな人ほど、ここは抜けやすいんじゃないかと思います。作っている時間はいちばん楽しくて、動いた瞬間に満足が来る。そのあとの、地味に手を入れ続ける時間には、あの高揚はありません。でも、手入れをやめた仕組みは、いつのまにか止まっていて、しかも、それを自分からは教えてくれない。

僕のやり方は、いまのところ、こんな感じです。作った仕組みの手入れを、月に一度、AIにまとめてやらせる。ただ、これがいいやり方なのかは、分かりません。もっとうまい手入れの仕方があったら、教えてほしいです。同じように、いろいろAIに任せている人は、任せた先の手入れを、どうしていますか。


この記事は、シリーズ「AIに染まりきるまでの4ヶ月」の実践編です。前の記事『「ブレたくないな」と、よく思っていた — 繰り返す仕事を、AIの「スキル」で固定する』では、繰り返す作業を型にして手間から抜ける話を書きました。この記事では、その型にした仕組みが静かに腐っていくのを、毎月の掃除と点検で食い止める話を書きました。