AIに染まりきって気づいた、社長の仕事

前回、散らばっていたフォルダをひとつにまとめたら、チャットを開かなくなった話を書きました。今回はその続きで、このシリーズの最終回です。AIに任せられることがどんどん増えていく中で、最後に行き着いたのは、「じゃあ、自分の仕事って何なんだ」という問いでした。その答えの話をします。
「これ、俺バカになるな」と思った
正直に言います。AIを使い始めたとき、最初に思ったのは「これ、俺バカになるな」でした。
聞けば答えが返ってくる。頼めば形にしてくれる。自分で調べなくてもいい。楽すぎて、怖くなったんです。このまま使い続けたら、自分の頭で考える力が落ちるんじゃないか。筋肉と同じで、使わなければ衰えていく。その不安が、しばらく消えませんでした。
ところが、本格的に使い込むようになって、逆だったと気づきました。バカになるどころか、むしろ頭がフル回転している。なんでそうなったのか。順番に書きます。
作業がなくなって、判断だけが残った
Claude Code を使う前の、私の1日を思い出してみます。
何かを決める。その決定を形にするために、資料を集める。文章を打つ。体裁を整える。ようやく終わって、次の判断に移る。考えることと考えることの間に、作業が山ほど挟まっていました。1日のほとんどが、頭を使う仕事ではなく、作業に消えていたんです。
今は違います。判断して、次の判断をして、また判断する。間の作業がない。そこは Claude Code が引き受けてくれる。決めて動く回数が、桁違いに増えました。
仕事が速くなった、という話ではありません。仕事の中身が変わった。作業する人から、考えて決める人になった。そうなって初めて、ああ、仕事が回り始めたな、と実感しました。
誤解しないでほしいんですが、楽になったわけじゃありません。頭は、めちゃくちゃ疲れます。判断の回数が増えているんだから、当たり前です。でも、この疲れが心地いい。筋トレの後の疲労感に似ています。きついけど、今日はちゃんとやったな、という充実感がある。ダラダラ残業していた頃より、よっぽど1日が濃くなりました。
「丁寧にやってる」と「成果を出してる」は違う
私には、ついやってしまう癖があります。文章の体裁を、必要以上に整えてしまうことです。
社内向けのちょっとした連絡なのに、読みやすいように、見栄えよくと、何度も手を入れる。資料を作れば、社内で使うだけのパワーポイントを、妙に凝って仕上げてしまう。きれいにできると、それだけで仕事をした気になっていました。
でも、落ち着いて考えると、その手間は成果とはほとんど関係ありません。きれいで読みやすいと思ってもらえる、それで自分の見え方が少し良くなる、くらいはあるかもしれない。でも、本当に勝負すべきは、中身のほうです。社内に向けたものなら、伝えたいことが正確に伝われば、それでいいはずなんです。社外に出すものは、会社のイメージに直結するので、また話は別ですが。
体裁を整えること自体は、今でもついやってしまうし、読みやすくする努力が無駄だとも思いません。ただ、そこに時間を吸い取られて、肝心の中身を詰める時間が削られていたら、本末転倒です。「丁寧にやってる」と「成果を出してる」は、違う。頭ではわかっていたつもりでした。でも、それがどれだけ自分の時間を食っていたかは、AI に作業を任せてみて、初めてはっきり見えたんです。
渡し方を、整えすぎていた
体裁の話だけじゃありません。もっと根っこのところで、私は同じことをやっていました。ここが、AI を使い倒すなかで、一番強く思い知らされたところです。
人に仕事を渡すとき、私はまず自分でやってみて、どういう手順で回すのかをきちんと整理して、道筋をまとめてから渡していました。いきなり「これやっといて」「これよろしく」と放るのは違うだろう、と。それが正しいやり方だと、ずっと信じてやってきたんです。
この考えが、大外れだとは今でも思いません。渡された相手が、自分からどんどん新しいことに踏み込んでいける人なら、ざっくり渡しても回るでしょう。でも、そうじゃない人にとっては、いきなり放られるのは苦痛なはずです。だから、自分で道筋を立てて、それができて初めて渡す。そうやってきました。
でも、これだけじゃダメでした。とにかく、時間がかかりすぎる。自分が手順を整えているあいだ、本当にやるべき「決めること」が止まってしまう。自分がやらなくてもいい仕事に、いちばん多くの時間を割いていた。気づけば、自分がボトルネックになっていたんです。
AI に作業を任せられるようになって、嫌でも分かりました。私が本当にやらなければいけないのは、「決めること」だけだった。何を作るか。どこに向かうか。どの数字が正しくて、どこに例外があるか。それを決めるのが、自分の仕事。手を動かして形にするのは、もう自分の仕事じゃない。長いあいだ、私はそこを、はき違えていました。
たいそうな場面で気づいたわけじゃありません。仕事を終えたあと、相談相手のように Claude Code ととりとめのない話をする時間が、ときどきあって。そんな雑談の中で、ふっと腑に落ちたんです。
今は、ずいぶん変わりました。道筋が全部できていなくても、渡す。自分がやるべき仕事と、人に任せる仕事の色分けが、前よりはっきりついて、渡すことへのためらいが、ぐっと減りました。もちろん、昔のように手順を最後まで自分で整えてから、はもうやりません。そのぶん、渡すときには「わからなかったら、いつでも聞いて」と一声かけておく。そこだけは、ちゃんとケアする。
社長の仕事は、決めて、任せて、責任を取る
たどり着いた答えは、シンプルでした。
社長の仕事は、決断して、任せて、責任を取ること。考えてみれば、AI が来る前から、ずっとそうだったはずです。ただ、作業に追われているうちに、自分でも見えなくなっていた。AI が間の作業を引き受けてくれたおかげで、その本質だけが、くっきり残った。
そして、決めることにかけては、歳を重ねたことが、むしろ武器になります。30年以上、現場で実務をやってきたから、AI が出してきた答えの良し悪しが分かる。「これは違う」「ここは使える」の判断ができる。若い頃の自分だったら、出てきたものをそのまま使っていたと思います。経験が、AI を使いこなす力になる。歳は、ハンデじゃなかった。
ツールは、これからも変わっていくでしょう。Claude Code だって、もっといいものが出てきたら、私はいつでも乗り換えます。でも、決めるのは自分だ、という一点は、どのツールになっても変わりません。そして、これまで溜めてきたコンテキスト——会社の事情も、判断の積み重ねも——は、テキストファイルとして手元に残る。道具が変わっても、それは消えない。
おわりに — 56歳、まだ途中
偉そうに6回も書いてきましたが、私自身、まだ途中です。
少し前の自分には、想像もできなかった場所にいます。ChatGPT に天気を聞いていた人間が、気づけば自社のシステムを作って、こうして文章まで書いている。一気に来たわけじゃありません。最初の一歩は、いつだって小さかった。
メールソフトが不便で Google Workspace を入れた。ついてきた Gemini で、AI に触れた。毎回同じ説明をするのが面倒で、コンテキストに気づいた。Claude に出会って、Claude Code で染まりきった。全部、やってみたから、次が見えた。そして最後に見えたのが、自分の役割でした。手を動かすことじゃない。決めることなんだ、と。AI に染まりきって、いちばん大きかった収穫は、たぶんそこです。
何かを始めるのに、遅すぎるということはないんだと思います。この記録も、まだ続きます。