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散らばっていた作業フォルダを、ひとつにまとめたら、チャットを開かなくなった

AI導入ストーリー

夜明けの尾根を登りきり、霧に沈む谷の向こうに連なる山並みを望む

前回、売上管理アプリを10日で作って、2本目は1日で終わった話を書きました。今回はその続きです。アプリは作れるようになった。でも私の使い方には、まだ大きな無駄が残っていました。それに気づいて、ある日フォルダの構成をガラッと変えたら、世界が変わった。その話をします。

まだ、チャットを開いていた

アプリを何本か作れるようになっても、私の使い方は「2本立て」のままでした。

ファイルを触る作業は Claude Code に頼む。ちょっとした質問や相談は、今まで通りチャット版の Claude に投げる。なんとなく役割分担ができていて、それで回っていたんです。

Claude Code に余計なものを入れたくない、という気持ちもありました。雑談を混ぜるとコンテキストにノイズが乗る気がして、質問はチャット、作業だけ Claude Code、と分けていた。チャット側に聞いても「質問は私に、実装は Claude Code に」と言ってくる。そういう使い分けなんだな、と思っていました。

でも、違ったんです。

もどかしかったこと

2本立てを続けるうちに、ずっと引っかかっていることがありました。

チャットの「プロジェクト機能」も使っていました。アプリ開発のように目的がはっきりしているものは、専用のプロジェクトにコンテキストを入れて、そこで相談する。

便利なんですが、地味な手間がありました。質問するたびに「これはどのプロジェクトで聞けばいいか」を考えて、いちいち選んで開く。新しいテーマが出てくれば、また新しいプロジェクトを作る。強制ではないけれど、「ちゃんとした答えを返してもらうには、この手間をかけないとダメなんだ」というのが、いつも頭の片隅にありました。

それに、チャットで話しているうちに気づきが出てきても、どこにも残らない。会話が流れて消えていく。次に同じ話をするときは、また一から説明し直しです。

Claude Code のほうも、当時はアプリごとにフォルダを分けて、その中だけで作業していました。売上管理は売上管理のフォルダ、仕入管理は仕入管理のフォルダ。何かやるたびに作業フォルダを切り替える。一本ずつ別の部屋で仕事をしているようなものでした。

便利になったはずなのに、まだどこか、手間とぶつ切りが残っていたんです。

「全部、ひとつの下にぶら下げなさい」

そんなある日、いつものようにチャットに相談していたら——どういう流れだったかは、もう覚えていません——こう言われました。

「プロジェクトごとに別々のフォルダで作業するのをやめて、全部をひとつの作業フォルダの下にぶら下げてはどうですか」

親になるフォルダをひとつ作って、その下に、これまで別々だったものを全部ぶら下げる。私は「claude-work」という親フォルダを作って、その直下にプロジェクトを並べました。だいたい、こんな形です。

claude-work/
├── CLAUDE.md        プロジェクト一覧やこの中のルール=作業場の道しるべ
├── dev/             自分で作ったアプリ
│   ├── 売上管理/
│   └── 仕入管理/
├── todo/            その日のタスク
├── 取引先/          得意先ごとの情報やメールのやり取り
├── memory/          「覚えといて」が貯まっていく場所
└── …

言われて、すぐ腑に落ちました。「あ、そうか」と、その場でやってみた。難しい作業ではありません。

正直に言うと、やった瞬間に何かが劇的に変わった感覚はありませんでした。変化は、じわじわ後から効いてきたんです。

3つが揃った瞬間

後から振り返ると、じわじわ効いてきたのは、3つのものが同時に揃ったからでした。

ひとつ目が、CLAUDE.md。Claude Code が起動するとき、いちばん最初に読みにいくファイルです。この中にどんなプロジェクトがあって、どういうルールで進めるのか——いわば作業場の道しるべをここに書いておくと、毎回説明しなくても「分かっている状態」で仕事が始まる。

ふたつ目が、ひとつにまとめたフォルダ。親フォルダの下に、会社のすべてが整理されて並んでいる。

3つ目が、コンテキストの大切さ。これは前回まででもう、いやというほど分かっていました。

CLAUDE.md と、フォルダ構造と、コンテキストの大切さ。この3つが噛み合って、バラバラだったものが一本につながっていきました。

いちばん大きかったのは、あの手間が消えたことです。チャットで質問していた頃は、どのプロジェクトに聞けばいいか考えて、選んで、足りなければ新しく作って——そうやって「正しい答えのために払うべき手間」だと思い込んでいました。それが、フォルダをひとつにまとめたら、まるごと要らなくなった。こちらが選ばなくても、Claude Code はもう全部を見ている。「あ、そんなことしなくていいんだ」と、肩の力が抜けたんです。

コンテキストが、勝手に増えていく

親フォルダの下で Claude Code を立ち上げると、中の資料を全部読んでくれる。会社の情報、各プロジェクトの経緯、過去のやりとり。全部がコンテキストに入った状態で、仕事が始まる。

それまで毎回チャットに説明していた前提が、まるごと要らなくなりました。「ここを直して」で通じる。「今日やることは?」で残りタスクが返ってくる。

特別なことをしている意識も、ありませんでした。話の途中で気づいたことを「これ、覚えといて」と言えば、ファイルに書き残してくれる。でも、いつからそう言うようになったのか、自分でもよく覚えていません。気づいたら、自然とそうしていた。何も意識しなくても、コンテキストがどんどん溜まっていく。あれだけもどかしかった「気づきが消える」ことが、いつの間にか起きなくなっていたんです。

おもしろいもので、あれだけ気にしていたノイズのことも、いつの間にか気にならなくなっていました。多少関係のない話を混ぜたところで、コンテキストが汚れるようなことはなかった。むしろ自分が気にかけているのは、ノイズよりも、コンテキストウィンドウのほうです。とはいえ難しいことはしていなくて、話が切りのいいところまで来たら、セッションを切る。今でも気をつけているのは、そのくらいです。

チャットを、開かなくなった

こうなると、チャットに聞くことが、ほとんどなくなりました。Claude Code はもう会社のコンテキストを持っている。同じ質問でも、コンテキストを加味した返答が返ってくる。チャットは、毎回ゼロから説明し直しです。差は、使い込むほど広がっていきました。

決定打は、TODO 管理を Claude Code にやらせ始めたことでした。それまでは Google Workspace の Tasks を使っていました。それを Claude Code に任せてみたら、まるで秘書ができたみたいになったんです。

いいのは、一緒に作業をしている、その流れのままタスクを放り込めることです。「いいこと思いついた。でも今やることじゃないな。来週やるから入れといて」「あ、これは期限が半年先か。じゃあその日付で入れといて」——そんな調子で、思いついたそばから、日付つきでどんどん積んでいける。気づけば、やるべきことが期日まで添えてきれいに並んでいる。当然、漏れもめっきり減りました。

これ以降、Claude Code なしで仕事をすることが、もう考えられなくなりました。

「最近、チャット開いてないな」と気づいたのも、たぶんこの頃です。「今日からやめよう」と決めたわけじゃありません。Claude Code のほうが話が早いから、自然とそっちばかり使うようになった。フォルダの構成を変えてから、ほんの2〜3日のことだったと思います。スマホでちょっと聞きたいときは今でもチャットを使いますが、腰を据えて仕事をするときは、完全に Claude Code だけになりました。

無理にやめたんじゃない。気づいたら、そうなっていた。

置き場を変えただけだった

振り返って思うのは、私がやったのは、たいしたことじゃない、ということです。新しい機能を覚えたわけでも、難しい設定をしたわけでもない。散らばっていたフォルダを、ひとつにまとめただけ。

それなのに、効果は道具を買い替えたくらい大きかった。ひとつの場所に集めたことで、コンテキストが勝手に貯まっていく状態になった。意識して足さなくても、使っているだけで増えていく。この「勝手に貯まる」状態に入れたことが、私にとっての転機でした。

便利な機能の話は、世の中にいくらでも流れてきます。でも私に一番効いたのは、そういう派手なものじゃなくて、自分の仕事場をひとつに片付ける、それだけのことでした。

次回は、こうして任せられることが増えていくほど、逆に「自分がやらなきゃいけないことは何なのか」がはっきりしてきた話を書こうと思います。手を動かすことじゃなくて、決めること。当たり前のようで、私はずいぶん長い間、はき違えていました。